Last Updated on 2021-03-18 by matsuyama
こんにちは。弁理士の松山裕一郎です。
今回は、最近の裁判例の中から、商標権における「周知性」が争われた事例をご紹介します。
※なお、当HPで紹介している裁判例に関しまして、裁判例中の企業や個人とは一切の関係はなく、また名誉を貶めるものではないことをご了承ください。
事実の概要
原告は平成29年、商標登録出願を行った。(以下「本願商標」という。)
本願商標は、翼を広げた鷲または鷹を黒色のシルエットで表した図形部分と、図形内に配置された「KENKIKUCIH」の文字部分とから構成された結合商標である。
原告は、平成30年に拒絶査定を受けたため、拒絶査定不服審判を請求した。特許庁は、これを審理し、商標法4条1項8号に該当するとして、「本件審判の請求は、成り立たない」との審決をした(以下「本件審決」という。)。これを受けて原告は、平成31年に本件審決の取り消しを求める本件訴訟を提起した。
争点
本願商標が商標法4条1項8号「他人の氏名」に該当するか
原告の主張
①
本願商標は一定の周知性を有しており、またその構成から一般需要者は一種の造語としてのみ認識するものであって他人の「氏名」と理解することはありえない。
②
商標法4条1項8号は「他人の氏名」にローマ字による表記を含んでいるとは解されない。
③
同号の「他人」に当たるか否かは、その承諾を得ないことにより人格権の毀損が客観的に認められるに足る程度の著名性・希少性を有する者かという観点から判断すべき
裁判所の判断
―本願商標は商標法4条1項8号「他人の氏名」に該当する。
①について
氏名と理解される。
本願商標は、翼を広げた鷲または鷹を黒色のシルエットで表した図形部分と、図形内に配置された「KENKIKUCIH」の文字部分とから構成された結合商標である。
「KENKIKUCIH」部分は、白抜きの大文字の欧文字10字から構成され、各文字の書体及び大きさはほぼ同じで、ほぼ等間隔で1行にまとまりよく配置されている。そして、左端の「K」の文字の右斜め下に向かう線が、左から2文字目の「E」の下部に沿って、同3文字目の「N」の右端の線の下端にほぼ接する位置まで伸び、右端の「I」の文字の終端から左方向に伸びた線が、右から2文字目の「H」から同6文字目の「I」までの各下部(「IKUCH」部分の下部)に沿って、同7文字目(左から4文字目)の「K」の左端の線の下端にほぼ接する位置まで伸びている。そのため、「KENKIKUCHI」部分は、外観上、「KEN」部分と「KIKUCHI」部分に区別して認識されるものといえる。
「KEN」部分、「KIKUCHI」部分は、いずれも無理なく一連に発語することができ、前者から「ケン」、後者から「キクチ」の称呼が自然に生じる。(略)我が国では、パスポートやクレジットカードのように、すべての文字を欧文字の大文字で記載することも少なくないこと、「キクチ」を読みとする姓氏及び「ケン」を読みとする名前は、日本人にとってありふれた氏名であることが認められる。以上によれば、本願商標の構成中「KENKIKUCIH」部分は「キクチ(氏)ケン(名)」を読みとする人の氏名として客観的に把握されるものであるから、本願商標は人の「氏名」を含む商標であると認められる。
本願商標の外観、わが国における一般的な氏名の表記方法等によれば、本願商標の構成中「KENKIKUCIH」部分は、「キクチ(氏)ケン(名)」を読みとする氏名として客観的に把握されるものであることが認められ、この氏名は、原告の氏名に限定されるものではない。
②について
ローマ字表記は含まれる
原告は、商標法4条1項8号の「他人の氏名」とは、日本人の氏名の場合、戸籍簿で確定される氏名であり、ローマ字表記は含まれない旨主張する。
しかし同号は「他人の氏名を…を含む商標」と規定するものであり、当該「氏名」の表記法王に特段限定を付すものではない。また、同号の趣旨は、自らの承諾なしにその氏名、名称等を商標に使われることがないという人格的利益を保護することにあると解される(最高裁平成15年(行ヒ)第265号同16年6月8日第三小法廷判決・裁判集民事214号373頁、最高裁平成16年(行ヒ)第343号同17年7月22日第二小法廷判決・
裁判集民事217号595頁参照)ところ、自己の「氏名」であれば、それがローマ字表記されたものであるとしても、本人を指し示すものとして受け入れられている以上、その「氏名」を承諾なしに商標登録されることは、同人の人格的利益を害されることになると考えられる。したがって、同号の「氏名」には
ローマ字表記された氏名も含まれると解される。
③について
著名性・希少性を有するものに限られない。
商標法4条1項8号は、その規定上、雅号、芸名、筆名、略称については、「著名な雅号、芸名もしくは筆名もしくはこれらの著名な略称」として、著名なものを含む商標のみを不
登録とする一方で、「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称」については、著名又は周知なものであることを要するとはしていない。また、同号は、人格的利益の侵害のおそれがあることそれ自体を要件として規定するものでもない。したがって、同号の趣旨やその規定ぶりからすると、同号「他人の氏名」が、著名性・希少性を有するものに限られるとは解し難く、また、「他人の氏名」を含む商標である以上、当該商標がブランドとして一定の周知性を有するといったことは、考慮する必要がないというべきである。
以上によれば、本願商標は商標法4条1項8号に該当するとした本件審決の判断に誤りはないから、原告主張の取消事由は理由がない。
本裁判例についてのコメント
商品の名前をつけるときには他人の名前を使用していないように気を付けないといけないということですが、重要なのは、氏名だという点です。
単に氏又は名の部分(例えば、スズキ、サトウ、きょうこ、たけし等)を商標としても原則法4条1項8号の問題はないということです。
その反面他人の氏名に相当する商標は4条1項8号に該当するとして拒絶され、またはせっかく登録になっても取り消される場合があるということですから、その点は十分に考慮して商品やサービスのネーミングを考える必要があります。商標権を取れないということは、権利のお墨付きがないということですから他人の商標権を侵害する問題と隣合わせになり、安心してビジネスできないということになるからです。
最後までお読みいただきありがとうございました。