W杯サッカーで感じた個人と組織についての日本人のマインド

この記事は約4分で読めます。

こんにちは、
弁理士松山裕一郎です。

日本のサッカーW杯が終わってしまいました。
欧州で活躍する選手がたくさんいるにも関わらず勝てませんでした。日本人選手が多く活躍するドイツやイタリアでの評価も戦いぶりすらふがいないという評価のようです。

そんな中、非常に興味深いコラムを見つけました。
吉崎エイジーニョさんの「ザックの残した「間違ったアプローチ」の本当の意味」というものです。
個と組織の考え方について、W杯の優勝国がキリスト教国ばかりなこととの関連から、個と組織の考え方がキリスト教的な個に対して尊厳を抱いた上での組織でないと勝てないのではないかという問題提起から始まるコラムです。

なるほど、という感じがしました。私はサッカーに関しては全くの素人ですが、見るのは好きでよく見ます。今回の敗北に関しては、やはり身体能力の点で、すごいFWやCBが一人づつくらいはいないと苦しいのではないか、と感じていましたがそもそも論が欠けていると、このコラムを読んで感じたのです。

それは、そもそも日本の男子スポーツにおいて団体競技は今一つではないかということです。
野球は?と言われるかもしれませんが、日本人は個人がぶつかりあう団体戦は、体操等世界と戦えるものがいくつもあります。野球はこのような個人のぶつかり合うタイプの団体競技だと思うのです。基本はピッチャー対バッターですから。

よく言われることに日本のサッカー選手は本当にうまい、というのを良く聞きます。実際、欧州のチームでレギュラーの選手がたくさんいるのですからその通りなのだと思います。
でも日本人ばかりで集まると、途端に良さが発揮できないのはどういうことなのでしょうか?
その答えの一つが、個と組織についての考え方にあるのではないかと思ったのです。

日本人は組織をとても大事にします。組織を守るためには個を埋没させることを厭いません。また、出る杭が打たれる社会ですからなるべく目立たないようにしたりします。これは日本人の社会に長くいると感覚的にわかると思うのです。
そして、組織を守るためにヒエラルキーを大切にし、自分たちで自主的に権力者を作り、その権力者にひれ伏す傾向があるように感じます。
この考え方は、長い間に培われた日本人の防衛本能なのでしょうが、サッカーをはじめとする団体スポーツに合わないのではないでしょうか?
そりゃそうですよね、個性を埋没させて組織を活かそうとしたのでは1対1に勝てるわけないし、2人がかりでもすごい相手を押さえられなくなります。個の能力にセーブをかけてしまいますから。

今回の試合を見ても、日本の選手はまったく個人が輝こうとしていないように見えました。
個人で打開しようとする気迫が伝わってこないと感じるのは私だけではないと思うのですが、組織がすべての前提にあり、組織を活かすことに気を使いすぎると、自分の良さを出し切ることがおろそかになると思うのです。

私は、常々日本人の弱点と思っていることがあります。それは、自分の良さを前面に出して、自分の良さを人にわかってもらい、その良さを引き出してもらうことが苦手な点です。そのため、他人の好さをわかってあげてその良さを引き出してあげることがうまい人も少ないです。
こんなことがキリスト教文化圏の人には自然とできるとしたら、この差は大きいです。自分を主張し他人を尊重することによって組織を成立させようとするなら本当のチームプレーができますが、単なる自己主張か組織絶対的な個性埋没プレーだとするとまったくチームプレーになりません。勝負あったです。

と、まるで日本人全てが駄目なように書きましたが、これは日本人の男子に言えることで、女子は少し違うメンタリティーをもっていると思うのです。
いい意味で自己中なところがあるのが女子で、だからこそ女子の方が団体スポーツで世界を相手に活躍できているのではないかと思うのです。

ここにヒントがあるような気がするのです。
日本男子も女子のように、あえて組織の考え方を捨てて自己中になった上で組織として戦うようにすれば、本当の意味でのチームプレーができるようになるかもしれません。単に自己中な人ばかりだとまったくチームにならないので、チームとして機能するために必要なことを考え出しますから。今は、なまじっか組織至上主義的に組織的な動きができるので本当の問題点を理解できないのではないかと思うのです。

ここまでの議論は、なにもサッカーを論じたくて書いているわけではありません。この議論は、ビジネスにも通じると思うのです。
隣の人を尊重し、その人の良さを認めて、引き出す努力をする。このことをみんなが行う。そんな組織はめったにないと思うのです。そんな組織が多くなれば、今までとは全然違うイノベーションが起こるのではないか、日本が別のステージに行けるのではないか、そんなことを感じたのです。

ではでは

タイトルとURLをコピーしました